子どもってすごい!



森和田のあきたかです。







先日テレビを観ていたら


ウナギの稚魚を川に放流する


小学生たちの様子が流れていました。







最後に


放流した感想を子どもたちが


語っていましたが







「元気に戻っておいでと祈りながら


 放流しました。」



とか



「ウナギが戻って来られる川に


 したいなと思いました。」



などなど…



本当に素直な感想が語られていました。








当たり前の何でもない感想なんだけど


「なんかいいなぁ🍀


 感じたことを感じたように言って


 子どもたちって素敵やなぁ✨」…と



ニュースを観ながら


率直に感じました。






と同時に…






ボクの心に


何かが引っかかったんです。






その何かとは…





ボクたち大人は


いつから


誰かの目や反応を気にして


氣持ちを素直に


アウトプットしなくなったんだろう?



…という思いです。








子どもたちのように


素直な氣持ちを言葉にすると



「またくさいこと言って」


とか


「思ってもないくせに」


とか


思われるんじゃないか…


いや、きっと思われるに違いない、と



せっかく心に浮かんだ純粋な思いを抑え込んだり


逆に


必要以上に周りに忖度して


思ってもないようなきれいごとで


ことを済ませようとしてみたり…


大人って、そういうところがありますよね。





そう考えると



子どもの方が


大人より


ずっとすごいんじゃないかなと


思うんですよね。






そう思ったのには



実は



このニュースだけではなく



ボクが最近関わるようになった


“ある女の子”のことも


影響しているように思います。




その女の子は


小学2年生で


ボクの開いている


『わくわくギター教室』に


通って来ているお子さんです。






この子はギターを弾くのが大好き🎸



お母さんに買ってもらったギターに


音(おと)ちゃん』と名前をつけて


小さな体に『音ちゃん』を背負って


もりわだんち(教室)のドアを開けて


ニコニコしながら


やって来ます。







この子に向き合っていると…





ボクはボクの中に


知らず知らずの内につくってしまっている


既成の考え方や


「ねば・べき」という感覚を


ガラガラと崩され


バリバリと剥がされていくのを感じるのです。









ギターを弾くためには


弦を指で抑えるコードを


覚えないといけません。








当然のことながら


この子にも


簡単なコードを教えます。






彼女はまだ子どもですが


頭が柔らかいのか


一度教えると


大人よりも早く覚えます。







でも


この子はコードに従って


一つの歌を


きちんと弾いて歌うことよりも





自分なりの抑え方で


自分なりのストロークで


弦をはじいたり


かき鳴らしてみたり


ギターのボディーを


手のひらで叩いてみたり…




「先生、実験してみるね❗」


「あっ❗ここも音が出るよ🎵」


「次はこう弾いてみようかな?」


「工夫して弾いたらいい音がしたよ✨」


「私この音好き✨」…などなど






コードなんかそっちのけで


目をキラキラ輝かせて


ギターと向き合っているのです。









そんな彼女の姿に


次第にボクの心は


ギターを弾き始めた


小学4年生の頃の


純粋な氣持ちに戻っていったんです。




そして…




「あぁ…これでいいんだ✨


 コードを抑えて弾けるようにしないとって


 いつの間にかボクは自分を縛ってた。


 この姿こそがボクの目指す


 わくわくギター教室の姿なんだ🎵」



とあらためて感じさせてもらったんです。







もちろんこれから少しずつ


コードを覚えて


曲を弾いたり歌う楽しさを


感じてもらいたいと思っていますが


しばらくは彼女の感性を大事にしたいと


思っています🍀









いかがですか?



子どもって


ボクたち大人の


既成の枠を軽々と越えてきます。






60歳の大人が


すっかり忘れてしまっている感覚を


7歳の子どもが


易々と呼び戻してくれます。







子どもだからと


あなどってはいけません💦






子どもたちの方が


大人より進んでいるのかもしれませんよ。





もしかしたら