今だからこそ知ってほしい❗「エルトゥールル号」(歴史プチ話)

最終更新: 2020年7月9日

こんにちは。森和田のあきたかです。


今日は音楽ではなく、

歴史プチ講座!をやってみようと思います。















コロナで学校が大変です。


3月まで中学校の社会科の教師をしていたボクも、

混乱している学校や子どもたちの状況を知るたびに、心を痛めています。


そんななか、

「コロナは国境を簡単に越えるところが恐ろしい❗」

という、あるコメンテーターの発言を目にしました。



この言葉に





ふと…



エルトゥールル号遭難事件」のことを思い出しました。



ボクの授業で、明治時代の学習になると必ず話していた

ある歴史の実話です。




ボクがとても大切にしていた授業です。

ちょっと再現してみますね。

よかったらお付き合いください。






今をさかのぼること35年前の1985年(昭和60年)

イラン イラク戦争が激化していたイランでのこと。




泥沼化していた戦局のなかで、

当時のイラク大統領サダム フセインは、


48時間のリミットを引いて




「48時間後からイラン上空を通過する全ての飛行機を撃墜する❗❗」

と 突然声明を出しました。
















当時、イランには仕事で各国から人々が来ていて

当然、多数の日本人もいたわけです。





48時間の間にイランを脱出しなければ

どんなことになるかわからない❗





各国の政府は、自国民の救出に乗り出します。





日本も当然…





ところが、日本には軍隊がなく


自衛隊機の海外派遣不可の原則のもと

救出機が足りず…


215名の日本人がタイムリミットが迫るなか、イランに残されていました。




このままでは

大勢の日本人が、戦争に巻き込まれてしまう…




そんな危機的な状況のなか






日本の窮地を救うため





緊迫した状況にもかかわらず



215名の日本人を脱出するべく、救出機を出した国があったのです❗






その国は









トルコ❗❗❗















日本人の窮地を知った

当時のトルコ首相オザルは


























「今こそ日本人に恩を返す時❗」


と言って…




自国民に対しては、

歩くか、自動車を提供して、自力脱出する